傘立てという宿命

京都では明治の中期頃には洋傘が市民権を獲得していたようで、その頃に「傘立て」が家具として誕生します。和傘は洋傘と比較して上下を逆に保存しますから、それまで日本には傘立てと言う概念が無かったので、当然洋傘同様に西洋の傘立てをその手本とした様です。

ただ、これは本家の欧米アンティーク傘立てにも言える事なのですが、古い傘立てほど雨水がたまるトレイ回りや、床と接地して湿気がこもる部分には破損や外れが見られます。木材も水分から来るカビや細菌の増殖が繊維組織の分解や二次的な昆虫等による食害につながります。結果的に上部はダメージが無い家具でも下回りだけが異様に破損しているという状態が発生します。そこで我々修理屋の出番と成るわけです。今回は大正時代のハンガーコートで傘立て付きのナローサイズの物です。もう少し幅のあるものが標準ですから、これはかなり細みの日本の玄関・・・町家等に特化したサイズです。デザインも鏡付きの4本フックで銅製の雨水受けがついています。

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さて、これが今回のお題です。状態から言うと一度、骨董屋さんの手に移りそこでパテとニスで誤魔化された物・・・という事になり、こういう場合は一度、破損当時の状態、多分2~3年前に手が入る前に戻してから修理に移る為二度手間で骨がおれます。しかし、こういう誤魔化しをするから、世の中、骨董屋さんは信用出来ないと言う事に成るのでしょうね。まあ、骨董屋さんからは採算も技術力にも・・という反論が聞こえて来そうです。さて、写真はパテを剥がして樹脂を脱脂し患部を明らかにしたらこんな感じです。虫害ですね。指で崩してやると幾らでも崩れて行く感じです。

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そこを完全に除去し、フレームをむき出しにし、次に植物組織が壊れていない部分まで余分を見て加工を行います。指物にする理由は雨水を考慮した釘を使わない修復が可能に成ることです。無論、ステンレスネジならば・・・なのですが大正時代にステンレスはありませんからね。見えない部分ですが内部に補強を追加しておいてから、ほぞ穴を空け他で加工した下回りを打ち込みます。ほら、これで完成。

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その後の会話。
工房「下回り上がったのでデーター送りました。写真見てくれました?」
販売スタッフ「・・・・え、修理ってどこを直したの?」
工房「下回りを一日かけて修理したんだけど・・・ほぼ完璧な修理です」
販売スタッフ「何が??どこが??」
工房「・・・・(溜息)。」
つまり、見えない所をいくら修理しても分かって貰えない。傘立ては特にそう言う傾向が高いんですよね。しょうがないので工房スタッフは修理が分らないほど直っているのは完成度が高い証拠だと・・・おやつタイムの休憩時間に悲しく自画自賛して談笑するわけです。この傘立ても無事COMに搬入して無事終了。

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まあ、誰か・・・・ どこかの・・・気にいって頂いたお客さんが気分よく使ってもらえればそれで善いかな・・・とそんな風に考える、今日この頃です。

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