育てるアンティーク

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最近、漆器を扱っていると
虫干しもされず置きっぱなしものが増え
永い年月これまでメンテナンスされ続けた連鎖が切れてダメに成る物が
急増していると言う点が凄く残念に思います。
漆器の手入れは難しく無いのに、
結局、その方法が日本社会に受け継がれていないわけです。

ですから、漆器の仕入れにあたって、コンディションに
かなり気を使う事に成ります。
磁器とか陶器とかガラスだと素材が安定していますし、
何よりどんな使われ方をしてきたかがここまで如実に物に反映され無い。

ただ逆の眼から見れば
大切に使われてしっかりとメインテナンスされてきた漆器は
肌に深みをまし独特の色つやが生じて行きます。
そこが本当に奥深く舌を巻く部分です。
時間のろ過作用と言えばそこまでですが
これからさらに、同じ年代に作られた物のコンディションの差は
極端に広がっていくんでしょうね。
このまま残らない物が増えると言う現実を前に
日本の生活文化伝承に対する認識の低さはちょっと残念です。

それでもまだまだ身近に残っているアンティーク漆器ですが、
その良さは、品物そのものの魅力もさる事ながら
長い時間に濯われて育成された新品には無い色つやにこそ在るのだと思いますし、
陶器にも言える事であっても、
漆器の方がやはりそう言う色香が艶やかに物に反映される。

一つの代表的な例として根来を見てみると
どちらかというと漆器の製造作法としてはやや乱暴だったものが
使われ続ける事で存在感を増しそこが評価されている。
おかげで黒い下地を露出させる現代様式の「根来塗」が
根来の本質だと誤解されると言う混乱も生んだりもする。
結局根来とは「人と時間の関わり」が化学変化しているのだと思える。
そうした奥深さは漆器の恐さでも在ると思います。

それに加えてユーザーの凄さと言うのもアンティーク漆器で驚かされる部分です。
京都は流石に手仕事の町だけ在って「傷物も置いてほしい」
という御要望が多いのは他のアンティークに無い大変すさまじい部分です。
本格的に漆芸をされている方が御自分で時間をかけて直されたり、
軽い補修だけならとDYI嗜好の方が趣味と実益を兼ねて楽しまれたりしている。
むろん傷物で無く直しながら伝えていくと言う
日本の物の本質がそこにはしっかり生きています。

最終的に直射日光に当てず、適度な湿度で保管すれば、
実はプラスチックより耐久性が強い漆器を
こうして日本の普通の人々が再び評価して伝えていく。
メインテナンスフリーでは無いけれど、
伝世は難しくは無い・・・そういう気張らない所に用の美が宿るんでしょうね。

これからさらにコンディションの良い物が減るとしても
やはりそういったものを突き詰めていきたいなあと思う今日この頃です。

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