弘法は筆を選んでたでしょうね実際

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工房に現在入っている一間近江水屋。
指物として手掛けていてもやり答えの在る逸品です。
一間は6 尺=1.818~mで、一間近江水屋等と言うのは
現代家具にくらべると遥かに大物です。
でも、明治頃の水屋ではこの上に一間半(約2.7m)や
二間(3.6m)なんてものも在りますし、
滋賀県の旧家を郷土資料館として流用した建物の土間に
それが黒光りして静かに鎮座している様は圧巻です。
彦根や長浜の商家に在る物が多分近江水屋では最高峰でしょうね。
八幡や日野辺りにもすごいのが在りますが・・・。
以前見た限り最高サイズは三間半(6.4m)と!!メガトン級。
モービデックです。技術・材料としてもすさまじいばかりです。
だって6mですよ。
家具と言うより、こうなると家の一部!!。
これだけの物を作る事ができるバックボーンが滋賀県のすごさですね。
彦根なんかは伊井家35万石の城下町として歴史を持ち
仏壇細工で栄えた街ですから、
指物・治金・鍛冶・彫金がトータルに安定して発達し
湖面交通と背後の鈴鹿山系から豊富な木材が供給出来た。
クオリティーに投資出来る豊かなマーケットも遇った。
結局、だからこそなんでしようね。
京都の水屋や酒田・高山・松本物も優秀な物が在りますが、
製産数や技術水準の高さ・素材とトータルに見ると
水屋では近江物が代表格と言えるんじゃ無いでしょうか。

話が違う方向に飛んじゃった。
でっ現在その素晴らしい指物の近江水屋を修理しています。
じっくり修理していると
厚かましくも古人の仕事に対して少しでも近付きたく成る。
近江や京都の職人の手技に愕然とし憧憬の念を覚える。
だいいち、修理する段階で品物のレベルは落としたく無い。
「明治に善い物が作られたのに平成に修理した職人の腕が・・・」と
100年後に笑われるのだけは避けたい(笑)。
そんなの嫌でしょ。
むしろ、100年後に誰かを唸らせたい。
で、正確に木を切りたい彫りたい削りたいと言う願望がわき上がる。
技術的な試行錯誤をえんえん考えたり、刃物研ぎにこったりする。
当然、そこにはノミやカンナに対する技術と同時に
道具そのものへのこだわりがうまれる。
「弘法、筆を選ばず」・・・って言うけれど
やっぱり、ホームセンターの安売り工具では限界が在り、
高価な工具にはそれだけの理由が在る。
しかし、その工具を作る後継者がどんどん減っている。
結局、電気工具の発達と中国への技術移転、マーケットの縮小。
善い手工具を欲しがるのは今や宮大工さんか仏師の人くらいで、
関西はともかくそう言う職業ではなかなか食べていけませんからね。
このまま日本の市場は悪貨が良貨を駆逐しちゃうのでしようか?
その上100円ショツプで「のみ」売っている時代ですから。

使いこなせない道具を持つ程、ぶをわきまえないのも問題ですが。
やっぱり弘法大師空海でなくとも筆は選びたいものです。
ですから、どうか善い工具は作り続けて頂きたい物です。
そこでお祈りしたい。
私の様な不心得もの腕をあげるべく技を練ります。
恥ずかしく無い様な仕事をしますので
日本の鍛冶職人・工具職人の皆様どうか工具を作り続けて下さいませ。
と思う今日この頃です。

この記事へのコメント

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2006年10月20日 14:29
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